2010年01月17日

温度差

「1月17日」この日は15年前に兵庫県南部地方に住んでいた人にとって、忘れることのできない日です。私はこの時期、加古川に住んでおり淡路島や神戸から尼崎、伊丹にかけての被害に比べたら比較的地震の被害は無かった地域に住んでいました。しかし実家は激震地となった場所にあり、相当の被害をこうむっていました。多くの方が亡くなり、その中には私の知人も当然何人かいたのです。
 この時期この場所にいた人にとっては忘れたくもあり、忘れられない出来事です。毎年この時期になると震災のことを思い出します。
 さて、私はこの日北六甲教会ではなく大阪の教会に出席していました。この日の礼拝の中で震災のことは一切触れられることはありませんでした。距離にして数十キロしか離れていない地域です。すぐ隣の地域で起きたことなのにもはや過去のことなのでしょうか。
 実際に体験していない人には、判らないものだ、ということは今までも思っていましたが、本当なんだなぁと思い知った日です。だからこそ知っている人間は忘れることなく思い続けていくことが大切なんでしょう。世の中にはこれを許さない人がいることを私は知っています。”この苦しみをわからない人はダメだ”、”こんなに大きなことを取り上げないなんて信じられない”という言葉を何度も聞きました。でもそれは仕方の無いことなのだと思うのです。実体験を伴わないものはどうしても真実味が無いのです。だからそれに怒りを覚えるのではなく、覚えている人がそのことを発信していくことが重要なのだと思うのです。
 そんなことを思った一日でした。 
posted by kuma at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ひとりごと | 更新情報をチェックする
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